話し合いが成立しない現場で起きていること ──音楽の仕事に見る、静かな違和感
「血の気が引く」「萎縮する」。音を奏でる現場では、できれば避けたい反応だ。それでも、現実には起きてしまう。何が起きたのか。当時の私は、うまく言語化できなかった。
──そこで、起きていたことを構造として整理する。
話し合いが成立しなくなる状況
- 合意が軽視されやすい構造
- 責任が一方向に集まる構造
- 本番中の権限が一方に集中する状態
- 修正の負荷を他者に転嫁できる立場
- 異議申し立てが成立しない関係性
事実|何が起きたのか
約束について
契約としては、十分に成立していた。
後になって、
「そうは言っても」と前提を覆され、
「ピアニストを変更しようとしていた」と告げられた。
合図について
私はピアニストだ。
伴奏者として、相手から合図を受け取る場面は多い。
合図が非常に分かりやすい人もいれば、
そうでない人もいる。
楽器を始めたばかりの子どもでも、
驚くほど明確な合図を出してくれることがある一方で、
経験豊富なプロでも、汲み取りにくい場合はある。
例えるなら、携帯電話のアンテナが
3本立っているときと、1本しか立っていないときの差。
合図が伝わらない理由は、ひとつではない。
- 伴奏者側の読み取り不足
- 合図の出し方が分かりにくい
- 環境要因など、その他の要素
それでも、原因が一方的に伴奏者のせいにされることがある。
しかも、強い口調で。
さらに、合図に従って音を出したにもかかわらず、
ステージ上で「やっぱりやめた」と覆されたこともあった。
本番中、判断の権限は常に一方のみだ。
テンポについて
イントロを弾き始めた瞬間、
「違う!」と怒鳴られた。
同じ曲でも、演奏者によってテンポは異なる。
正解が一つとは限らない。
少なくとも、私はそう考えていた。
ミスタッチへの反応
本番でミスタッチをした際、
相手がこちらを振り向いた。
ミスをした側が悪い。
それは確かだ。
ただ、舞台上では
お互い「何事もなかった顔で進める」
それが暗黙の了解だと思っていた。
伝え方について
「タタタタタタタタ」じゃなくて
「タタタタタタタタ」
──違いが、分からない。
また、強い口調や
床を踏み鳴らすような威圧的な態度にさらされる。
「好きで弾いてる?」
一挙手一投足を指導され、
最終的には、
「やっぱりダメか!」
と捨て台詞を吐かれた。
本番直前のことだった。
心理・構造の分析
1対1の状況だったため、
いつの間にか
「指導者」と「生徒」という役割構造が生まれていた。
ちなみに、相手は年上ではない。
そこには
ソロ楽器・歌 > 伴奏者
という明確な序列があった。
そう捉える人がいることも、事実だ。
「石を投げればピアニストに当たる」
そんな言葉を、冗談めかして使う人もいる。
これは個人間の相性ではなく、
役割と権限が非対称に配置された結果だ。
仕事の引き受け方に生じた変化
もちろん、すべての人がそうではない。
ほんの一部の話だ。
その結果、仕事を引き受ける際の判断基準は厳格化した。
個々の案件に割く検討コストも、以前より大きくなった。
今ならどう対処するか
-
口約束はしない
→ 合意を個人の記憶に依存させないため -
事前に参考音源・目標テンポを共有する
→曲に対するイメージをあらかじめ擦り合わせておく -
合わせ練習は録音・録画する
(必ず相手の合意を得たうえで)
→判断の履歴を可視化するため
当時の自分への記録
「そういう人は避けろ」
もし避けられないなら、
「観察しろ」と言いたい。
理解しようとすると、巻き込まれる。
観察対象だ。
善悪をつけず、ただ「そういう反応をする存在」として見る。
──そう記しておく。
終わりに
これは、一つの整理にすぎない。
現場ごとに、事情も関係性も異なる。
率直に言えば、
なるべく関わりたくない。
だけど、完全に避けることはできないのかもしれない。
災害のように。
それでも、
構造を事前に把握していれば、
話し合いが成立しない関係性では、早い段階で、距離を取ることができる。
話し合いが成立しない関係性では、撤退する。
それ以上の説明は不要だ。
※補足(追記)
本文では、現場で起きた出来事を
構造として整理した。
ただ、実際の現場では
「波風を立てずに済ませたい」という思いと、
「それは要望なのか、言いがかりなのか」
判断がつかない瞬間がある。
強く出るべきか、距離を取るべきか。
その判断は、今も容易ではない。

