「人は死ぬ」という事実を、私たちは思っている以上に簡単に忘れてしまう。日常は続き、食事をし、眠り、次の予定を考える。死は、いつも少し距離のある場所に置かれている。この映画は、その距離を静かに縮めてくる。

余命宣告直後にあらわれた「拒否」

映画の冒頭で語られる、余命宣告を受けた直後の坂本龍一の言葉は、とても率直だった。
「俺の人生は終わった」「死刑宣告みたいなものだ」。

そこに達観は見えない。
恐怖や混乱が、そのまま表に出ている。

死を前にして、最初から受け入れられる人は多くない。
拒否し、怯え、戸惑う。

この映画は、坂本龍一を最初から「悟った存在」として扱わない。
死を前に揺れる、一人の人間として映している。

その出発点があるからこそ、後に見えてくる変化が、作られたものではなく、時間の経過として感じられる。

変化は、ゆっくりと、しかし確実に起きていた。

映画が進むにつれて、坂本龍一の言葉の質が、少しずつ変わっていく。
劇的な転換があるわけではない。
気づけば、空気が変わっている。

次男から投げかけられた問いに対し、
坂本龍一は「怖くはない」と答えている。

冒頭で語られていた
「俺の人生は終わった」
という言葉とは、明らかに違う。

この映画は、その過程を説明しない。
恐怖がどうして薄れていったのか、何がきっかけだったのかは語られない。

ただ、変化した結果だけが、静かに置かれている。
これは、悟りの記録というより、揺れ続けた時間の記録だと感じた。

キューブラー=ロスの理論が、ふとよぎった

この変化を見ていて、
かつて読んだエリザベス・キューブラー=ロスの理論が思い浮かんだ。

否認、怒り、取引、抑うつ、受容。
死を前にした人間が通過するとされるプロセスだ。

映画の中の坂本龍一は、一直線に「受容」へ向かったようには見えない。
拒否もあり、揺れもある。

行きつ戻りつしながら、少しずつ進んでいるように感じられた。

このプロセスは、あらかじめ人間に組み込まれているものなのだろうか。
死という避けられない状況に直面したとき、人は皆、似た道筋をたどるようにできているのかもしれない。

そうした変化を、人間の自然な反応として捉えるなら、ここに特別な悟りを読み取る必要はないようにも思えた。

もちろん、これは心理学的な分類を当てはめたいわけではなく、
映画を観る中で、個人的に思い浮かんだ連想にすぎない。

「いい人生だった」という一言の重さ

映画の中で紹介される、次女の言葉。
「いい人生だった」。

業績や評価ではなく、人生そのものに向けられた感想として語られる。
その控えめな言葉が、強く残った。

最後に、自分の人生を振り返って、そう言えるかどうか。
成功したかどうかとは、別の次元の問いだ。

もしそれが叶うなら、それ以上の評価はいらないのかもしれない。

余命宣告は不幸なのか、という問い

私個人の感覚として、この問いが残った。

この映画は、余命宣告そのものについても考えさせる。
それは本当に、不幸なことなのだろうか。

余命が分かることで、人は時間を整理できる。
やり残したことに向き合い、身の回りを整える準備ができる。

致死率は、全員100%だと分かっていても、私たちは普段、それを意識せずに生きている。

結局、「いつ死んでもいいように生きる」という考えに行き着く。

ただ、それを常に意識し続けるのは、正直なところ疲れる。
死と適度な距離を取りながら生きる、という選択もあり得るのだと思った。

弱る身体、澄んでいく気配

映画の後半、坂本龍一の身体は確実に弱っていく。
動きは小さくなり、体力も削られていく。

その一方で、全体の気配は落ち着いていく。
焦りや抵抗ではなく、今ある時間を確かめるような姿が映っていた。

弱っていく中で、生を味わっているようにも見えた。
音に耳を澄ませる時間が、むしろ増えているように感じられた。

途中で、何かが切り替わったように見えた、スイッチ。
坂本龍一自身も、日記の中で

「夜中に『スッと』する気分があった。
何かが変わったような。
何かのスイッチが入ったような」

と書いている。

それが何だったのか。
結局、それは分からない。

分からないまま置かれること。
理解しきれないものを、理解しきれないまま残すこと。

この映画は、その姿勢を最後まで崩さない。

音を残す側としてこの映画を観たとき、
彼がどのように「終わりの時間」と向き合っていたのかが、強く心に残った。

坂本龍一が残した音は、
気づけば、ずっとそばにあった。

それらを、これからも、少しずつ、
音として確かめていこうと思っている。

この映画を観たあと、
これまでに残してきた彼の音の記録を、あらためて置いておく。
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