音彩雑記

🎹 映画『ピアノフォルテ』感想|ショパンコンクールを追う若きピアニストたちの光と影【ドキュメンタリー】

ショパンコンクールを追ったドキュメンタリー映画『ピアノフォルテ』。
音楽を“競う”ことの意味、師との関係、そして芸術と商業の狭間——。
その光と影を、ひとりの音楽家として見つめました。

🎼 棄権という選択に宿る痛み

ステージに立てず棄権してしまったマルチン。
「もったいない」なんて言葉では片づけられないほど切ない。
出ても地獄、出なくても地獄。
どちらを選んでもトラウマになってしまうような精神状態に追い込まれていたのだと思う。
猫と戯れながらピアノを弾く姿があんなに穏やかだっただけに、胸が締めつけられました。
彼がどうか幸せでありますように。

🎹 指導者との出会いがすべてを左右する

映画を通して感じたのは「師との関係」の重み。
ロシアの厳格な教師、エヴァの先生のように恐ろしくも結果を出す人。
一方で、ラオ・ハオくんの先生のように、愛情深く寄り添うタイプもいる。
同じ「指導」でも、そこには天と地ほどの差がある。

具体性のない批判や感情的なダメ出しほど、生徒を追い詰めるものはない。
「物語がない」とか「眠っている」とか。意味がわからん。
そんな抽象的な言葉を投げられたら、何をどう修正すればいいのかも分からない。
本人の中に自信ではなく“恐れ”だけが積み重なっていく。
(ま、きっとカメラの回っていないところで具体的な指導があったのだろうと思うけど)

入賞しなかった時のフォローも、指導者にとって重要だと感じた。
結果だけでは終わらせず、そこに至るまでの成長とその後をどう扱うか。
それが真の教育なのではないかと思う。

🎵 コンクールとは何のためにあるのか

みんな戦いたくなんてない。
ステージ袖でお通夜のような顔をしている彼らを見て、思わず涙が出そうになった。
ショパンコンクールに出るほどの人たちでさえ、不安で、怖くて、人間らしい。

昔、とある国際コンクールで、セミファイナリストがキャミソールを万引きして出場失格になったというニュースを思い出した。
恐らく病んでいたのだろう。
国際コンクールの舞台に立つほどの人が、精神的に壊れてしまうほど音楽の世界は過酷だ。

だからこそ思う——いったい何のためにコンクールは存在するのか?
順位をつけることに、本当に意味はあるのだろうか。
「1位以外も素晴らしい」——そんな当たり前のことを、私たち観客がどこかで忘れているのかもしれないなぁー🤔

結局、権威を求めているのは、見る側の私たちなのでは?
報道されるのは入賞者だけ。
でも今はYouTube配信で予選から視聴でき、推しの演奏者を自分で見つけられる時代。
この変化はとても希望だと思う。

💰 商業イベント?

もしかして、もう完全に商業イベントになっているのでは?
もちろん“芸術”の顔は保っているけれど、中身はかなり「ビジネスのロジック」で動いているのでは?と疑ってしまう。
スポンサー、放映権、配信プラットフォーム、審査員、教育機関、レコード会社の利害関係——。
もはやショパンコンクールって、「オーディションを兼ねた巨大広告」なのかしら⁉️

国威・ブランド・メディア露出が絡み、どちらかというと“ショパンを使った物語づくり”になっているように見えちゃう。

音楽そのものより、「泣けるドキュメンタリー」「天才少年」「謎の美少女」など——
人間ドラマの方が注目されるし。もちろん私もそれらに釣られるのだが😅
まるでオリンピックのように、「感動の裏に巨大な経済構造がある」。
——そんな印象を受けた。(ひねくれすぎか?)

💡 それでも価値はある

とはいえ、すべてが商業主義というわけではない。
あの場で生まれる本物の演奏、瞬間の集中、奇跡の音——それはお金では作れない。
むしろ、その“純粋な瞬間”があるからこそ、商業構造が光って見える。
矛盾を抱えながらも、それが今の時代のリアルな音楽のかたちなのかな。

🎬 登場人物たちの印象

  • アレクサンダー・ガジェヴ: ヨガや呼吸法を取り入れていて、まるで僧侶のような静けさが印象的。
  • レオノーラ・アルメリーニ: 少しお酒を飲んで弾く——その自由さに惹かれました。
  • エヴァ・ゲヴォルギヤン: 本選後、涙をこらえながら笑顔で拍手する姿が、痛々しいほど美しい。
  • ラオ・ハオ: お菓子を手に先生の部屋を出ていく姿が可愛らしい。天才にも子どもらしさがある。
  • ミシェル・カンドッティ: 「ゾンビの夢を見た」と語るほど追い詰められていた。それでも“世界を救う”と語る強さが、どこか救いでもありました。
  • マルチン・ヴィエチョレク: 棄権のアナウンス後、会場がどよめく瞬間の痛み。どうか、猫と戯れていたあの優しい表情のままで、音楽と生きてほしい。

🎧 それでも音楽は続く

「何のために弾くのか?」
この映画は、その問いを静かに突きつけてきます。
順位でも称号でもなく、音を通して“生きる”こと。
ショパン自身が望んだのは、きっとそんな純粋な音楽の力だったはず。

『ピアノフォルテ』は、ピアノを弾くすべての人に、自分の原点を思い出させる映画でした。

さぁ、私も弾こうっと😊

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