辞書を持ち歩いたあの重さは、今思えば小さな修行だった。
音楽も同じで、紙の楽譜──
とりわけベートーヴェンのソナタ集のあの重量感は忘れがたい。
今は電子化が進み、あのストレスから静かに解放されつつある。
※この記事は2019年07月の内容を、2025年11月に再編集しています。
電子楽譜の長所と短所
長所
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重い楽譜を持ち歩かなくて済むこと。
端末ひとつで多くの曲を管理でき、移動が静かに軽くなる。 -
譜めくりの不安が減ること。
フットペダルでページを送れるため、紙のように破れる・落ちる・めくり損なうといった心配がほとんどない。 -
書き込みを自由に保存・切り替えできること。
練習用と本番用でメモを分けたり、色分けしたりと、紙では難しい扱いができる。 -
必要な曲をすぐ検索できること。
作曲家名やタイトルで一瞬。棚を探す時間が消える。 -
画面を拡大できること。
小さな版でも読みやすくなり、視認性のストレスが減る。 -
暗い場所でも安定して読めること。
バックライトのおかげで、舞台袖や照明の弱い環境でも困らない。
短所
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バッテリー残量を常に意識しなければならないこと。
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アプリのフリーズや動作不良の可能性が残ること。
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機材そのものの故障リスクを避けられないこと。
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画面の反射で見えづらくなる場合があること。
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端末が紙より重く、譜面台との相性に影響すること。
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Bluetooth接続が不安定になる環境があること。
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紛失や落下のダメージが紙より大きいこと。
それでも電子楽譜を使う理由
それでも私は電子楽譜を使い続けている。
重い楽譜を抱えて移動していた頃には、もう戻れないからだ。
そしてもうひとつ。
機材の故障リスクといっても、誰かに譜めくりを頼んだときに起きるヒヤッとする瞬間と、本質的には大きく変わらない気がしている。
端末|iPad・GVIDO・SONO
電子楽譜を使ううえで、まず必要になるのが「端末」だ。現在もっとも現実的で安定しているのは iPad(12.9〜13インチ)であり、GVIDO と SONO は過去の専用端末として整理しておくと理解しやすい。
各端末の比較(2025年時点)
| 項目 | iPad(12.9〜13インチ) | GVIDO | SONO |
|---|---|---|---|
| 画面サイズ | 12.9〜13インチ | A4 × 2画面(電子ペーパー) | A4 × 2画面(構想) |
| 重さ | 約630g前後 | 約660g | 不明 |
| 用途 | 汎用(アプリ多数) | 楽譜専用 | 楽譜専用(予定) |
| 販売状況 | 現行モデル | 販売終了 | 開発情報不明 |
| 入手性 | 容易 | 中古で少数 | 入手不可に近い |
| 価格帯 | 10万円台〜(モデルにより変動) | 約18万円前後(発売当時) | 不明 |
| メリット | 見やすい大画面/アプリが充実/書き込みや検索が快適 | 目が疲れにくい表示/紙に近い見た目 | 大画面構成の構想は魅力的 |
| デメリット | 反射/バッテリー管理/重量 | 高価格/すでにサポート終了 | 製品化が見えず不確定要素が多い |
iPad(12.9インチ/13インチ)
電子楽譜を使う場合、もっとも現実的で安定した選択肢が iPad だ。12.9インチから13インチへ移行しているが、いずれも紙の楽譜に近い読みやすさを備えている。
大きな画面のおかげで、A4 楽譜の1ページ表示がしやすく、A5 版の楽譜なら横向きにして見開き表示もできる。細かい指使いも拡大せずに読み取れることが多く、練習でも本番でも安心感がある。
forScore や Piascore などの電子楽譜アプリと組み合わせることで、書き込みや検索、セットリスト管理までを一台で完結できるのも強みだ。
GVIDO(グイド)※販売終了
GVIDO は、A4 サイズの楽譜を2画面で表示できる電子ペーパー端末として登場した。紙に近い表示と軽さを両立させた、電子楽譜専用の意欲的な製品だった。
一方で、価格はおよそ18万円前後と高額で、一般ユーザーが気軽に手を伸ばせるものではなかった。現在はすでに販売終了しており、中古でわずかに流通している程度だ。サポート面も含め、今から積極的に選ぶ理由はあまりないと思う。
SONO(開発状況 不明)
SONO は、A4 楽譜を2画面で表示する楽譜専用端末として構想されていたが、その後の開発状況がはっきりしないまま時間が経っている。
公式情報の更新もほとんど見当たらず、入手方法も確認できないため、現時点では実用的な選択肢とは言いがたい。電子楽譜を使う前提で考えるなら、現行の iPad を軸に考える方が現実的だと感じている。
アプリ|Piascore と forScore
iPad を電子楽譜として使うとき、まず候補に上がるのが「Piascore」と「forScore」だと思う。どちらも電子楽譜アプリとして完成度が高く、できることもよく似ている。
共通してできること
この2つのアプリで、電子楽譜としてよく使う機能はひと通りそろっている。
- 楽譜への書き込み
- セットリストの作成・管理
- ページ順の並び替え
- 楽譜のリサイズや角度の補正
- メトロノーム
- Bluetooth ペダルでの譜めくり
| 機能 | Piascore(無料) | forScore(有料) |
|---|---|---|
| 書き込み | ○ | ○ |
| セットリスト作成 | ○ | ○ |
| ページ順の並び替え | ○ | ○ |
| リサイズ・角度補正 | ○ | ○ |
| メトロノーム | ○ | ○ |
| Bluetooth ペダル | ○ | ○ |
電子楽譜として必要なことは、どちらでも静かにこなしてくれる。
Piascore の特徴(無料で始めやすい)
Piascore は、基本機能を無料で使えるアプリだ。書き込みや並び替えなど、電子楽譜として欲しい機能がきちんとそろっている。
まず電子楽譜に触れてみたい、という段階であれば、Piascore だけでも困る場面はほとんどないと思う。入口としてはとても扱いやすい。
forScore の特徴(有料)
forScore は、有料の買い切りアプリだ。Piascore も forScore もどちらも読みやすいが、forScore のページめくりには、手触りに近い “流れ” のような感触がある。
長い曲を読んでいても、画面の動きが静かに続いていくような、やわらかな心地よさが残る。
どちらを選ぶか
機能を並べると、2つのアプリは驚くほど似ている。違いが出てくるのは、
- 無料で始めたいか
- ページめくりの感触をどこまで重視するか
- 電子楽譜と過ごす時間がどれくらい長くなりそうか
このあたりだと思う。
最初は Piascore を使ってみて、「もう少し静かな流れが欲しい」と感じたら forScore を検討する。そんな距離感が、しっくり来るような気がしている。
どちらを選んでも、電子楽譜として必要な機能はきちんとそろっている。あとは、どの感触が自分にとって心地よいか──その違いだけだと思う。
フットペダル|iRig Blue Turn と AirTurn PED Pro
演奏中に手で画面をタップしてめくれる曲なら、ペダルは必須ではない。けれど、両手がふさがる場面や、テンポが速い曲ではどうしても追いきれない時がある。そんな時に助けてくれるのがフットペダルだ。
| 項目 | iRig Blue Turn | AirTurn PED Pro |
|---|---|---|
| 大きさ | 126mm × 93mm × 25mm | 153mm × 114mm × 17mm |
| 重さ | 125g | 152g |
| 電源 | 単4電池 ×2 | USB充電 |
大きな違いは、iRig Blue Turn が電池式で、AirTurn PED Pro は充電式という点くらいだと思う。実際に両方試したが、踏み心地や反応の速さに大きな差は感じなかった。
最終的には iRig Blue Turn を選んだ。理由は単純で、充電忘れの心配を少しでも減らしたかったからだ。乾電池は割高に見えるけれど、充電式電池を使えばその不安もほぼ解消される。
どちらも静かに役目を果たしてくれるので、あとは “電池派か、充電派か”。その違いだけだと思う。
終わりに
電子楽譜がここまで当たり前になるなんて、少し前までは思ってもみなかった。
一度この軽さに慣れてしまうと、紙の楽譜だけの世界には、もうなかなか戻れそうにない。
ひとつだけ願いを言うなら、
A4 を2ページ並べて読める環境が、もっと“確実に”現実的な選択肢として手に入ること。
専用端末でも、iPad の進化でも、形はどちらでもいい。
その一歩が、そろそろ形になってくれたら嬉しい。
そんな未来を、静かに待っている。

