音彩雑記

ピアニストが語る「譜めくり」の真実|トラブルなく弾くための準備・コツ・考え方

演奏の現場には、演奏そのものとは別に、小さな緊張をまとった作業がある。それが「譜めくり」。
暗譜すれば済む――そんな単純な話ではない。
手が離せない位置にめくりが来ることも多い。
ここでは、本番までの準備も含め、どんなふうに考えておくかをまとめておく。


ここで言う“譜めくり”は、
自分でページを送る場合と、譜めくりの人に任せる場合の両方を含んでいる。
どちらの形であっても、舞台上では小さな緊張をともなう。

電子楽譜という選択肢

譜めくりの悩みは、紙だけで向き合っていた頃とはずいぶん変わった。
タブレットに楽譜を入れ、フットペダルで静かにページを送るだけで、
あの一瞬の緊張がふっと軽くなる。

私自身、iPadを横向きにしてA5を2ページ分並べて使っている。
forScoreやpiascoreなどアプリはいくつかあるし、
フットペダルもiRig BlueTurnなど、自分に合うものを選べばいい。

電子楽譜の選び方|iPad・GVIDO(販売終了)・Piascore・forScore・譜めくり機材を比較辞書を持ち歩いたあの重さは、今思えば小さな修行だった。音楽も同じで、紙の楽譜──とりわけベートーヴェンのソナタ集のあの重量感は忘れがたい...

めくりやすいように紙楽譜を整える

紙の楽譜で弾くときは、少し手間をかけて整えておくと、本番の安心感がまるで違う。
見やすさと扱いやすさは、譜めくりの滑らかさにも直結する。

A3見開きの譜面をA4に縮小し、横に並べて貼り合わせる。
3枚並べると、グランドピアノの譜面台にはちょうどいい。

使う譜面台を考慮し、左右端が見やすい幅に整えておけば
ステージ上でも視界が乱れにくい。

ただし、セロハンテープは劣化して剥がれやすいので不向き。
小さな工夫が、演奏中の安心感につながる。

もちろん、コピーはあくまで私的使用の範囲にとどめる。
演奏の準備として整えるだけで、他者に配布することはできない。

「譜めくり」をお願いするということ(ピアニスト側の視点)

ピアノの場合、本番だけ、あるいはリハーサルを含めて譜めくりを頼むことが多い。
けれど、この“誰かにページを託す”という行為には、独特の緊張がある。

譜めくりの人が少し早めに立ち上がると、
音の流れとは別の場所で胸がそっとざわつくことがある。

立ち位置が近すぎて腕が触れそうになることもある。
めくる時に紙が重なり、2枚以上まとめてめくれてしまうこともある。

すると、ほんの一瞬で迷子になり、
どこを弾いているのか分からなくなることさえある。

「譜めくり」を引き受けるということ(譜めくりの人側の視点)

譜めくりを頼まれた側にも、独特の緊張がある。
ずっと楽譜を追い続けていると、目が乾いてきてコンタクトが曇ることがある。
そうなると、譜面のどこを見ていたのか分からなくなる、
いわゆる “落ちる” という状態になる。

演奏が続いている中で現在地を見失うのは、
譜めくりの人にとっても恐怖だ。
だからこそ、集中しすぎて呼吸が浅くなることさえある。

正直なところ、緊張がゆるんで眠気が差す瞬間がないわけではない。
もちろん望ましいことではないけれど、
人間の身体はいつも完璧に働くわけではない。

「譜送り」という、少し特殊なスタイル

ある時、「譜送りをお願いします」と言われて戸惑ったことがある。
“譜送り?” と頭の中でそっと繰り返しながら、
どんな形で進めるのかを慎重に確認した。

譜送りとは、A4の紙を数枚、譜面台の上で少しずつずらしながら読めるようにする方法。
製本はされておらず、薄い紙が重なったまま進んでいく。
ページをめくるというより、“紙をピアニストの前へそっと滑らせていく”という感覚に近い。

通常の譜めくりと比べると、紙が軽く動きやすく、
空調やわずかな動きでも楽譜がふわりと揺れることがある。
その分だけ注意が必要で、
譜めくりの人にとっては、より繊細な集中を求められる作業になる。

この方法を選ぶピアニストは、
譜めくりの人を信頼している場合もあれば、
「どんな事態でも流れを止めない」という心の準備をしている人なのかもしれない。

どちらにしても、
“紙を少しずつ送る”という、たったそれだけで、
そこには舞台ならではの静かな緊張がある。

「譜めくり」をめぐるすれ違い

譜めくりは“ただページをめくるだけ”の役割だと思われがちだが、
実際には、演奏の流れと音符の移り変わりを同時に追い続ける、
想像以上に繊細な作業だ。
その性質上、どれだけ集中していても、
小さなズレや揺らぎが生まれることは避けられない。

時々、
「譜めくりのせいで演奏が乱れた」
という言葉を耳にすることがある。
そう感じる気持ちは痛いほど分かるし、
めくりが音楽に影響する瞬間があるのも事実だ。

けれど、それだけを理由にしてしまっていいのだろうか。
そんなふうにも思っている。

演奏の流れが途切れないかどうかは、
実はピアニスト側の準備に大きく左右されるのではないだろうか。
耳が痛いけれど、これは私自身への戒めでもある。

準備こそが大事なのでは?

電子楽譜でも紙楽譜でも、
たとえ譜めくりに小さな揺れがあっても、
演奏そのものが崩れなければ何の問題もない。
むしろ、舞台ではそうした“揺れ”はいつでも起こり得る。

結局のところ、
譜めくりに左右されないためのいちばんの方法は、
演奏者がどれだけ丁寧に準備し、
音楽を身体に落とし込んでおけるかどうか――
そこに尽きるのではないだろうか。

日々の積み重ねだけが、
音の流れをそっと守ってくれる。
当たり前の話に戻ってしまうけれど、
最後に支えになるのは、やはり地道な準備なのだと思っている。

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